top of page
TT_ltd_logo.jpg

Vol.10 帝国ホテル 東京料理長 杉本雄さん


おいしく社会を変える。

サステナブルでラグジュアリーな食への挑戦



渋沢栄一などを発起人とした、政財界人らの働きかけによって生まれた130年以上の歴史をもつ〈帝国ホテル〉。バイキング発祥の地であり、日本でフランス料理を普及させた代表的存在でもある。今回は、食のセミナーを通じてSDGs達成に貢献すべく、さまざまな取り組みを行う帝国ホテルの東京料理長・杉本雄さんを訪ねた。

「みなさん、“未利用魚”って知っていますか? 漁師さんは命がけで海に出て漁をしていますが、必ずしも漁獲されたすべての魚が、市場にて適正な価格で取引されるとは限りません。タイやスズキ、ヒラメのように高値で取引されるものばかりではなく、小さすぎたり傷がついてしまっていたり、あまり知られていなかったりと、さまざまな理由でほぼ値段がつかない魚もたくさんいます。そういった魚はどうなるのでしょうか?」



帝国ホテル東京では、夏休みと冬休みの期間の年2回、親子で一緒に、食を通してSDGsについて考えるセミナー&ランチコースを開催している。今回のテーマは「魚の今を知ろう〜おいしい海を守るには〜」。漁で網にかかっても市場に出回らない“未利用魚”にフォーカスした内容だ。テーマを設定するにあたり、杉本東京料理長自らが長崎県壱岐市にある郷ノ浦漁港を視察し、漁師や仲買人に取材を重ねながら、漁業の現状に関するリサーチを行った。



「そこでは、発泡スチロールの空箱は約150円で販売されているのですが、ある市場ではその空箱いっぱいに入った未利用魚の詰め合わせもほぼ同じ値段なんです。たくさんとれても利益がゼロでは赤字になります。このままでは漁師さんになりたいという人がいなくなってしまいますよね。そうなってくると、持続可能な職業ではなくなり、我々の手元に魚そのものが届かなくなってしまうという可能性もあります」


特別ゲストには、お魚のスペシャリストでもある〈一般社団法人 大日本水産会 魚食普及推進センター〉の早武忠利さんが登場。セミナーの前半、参加者は魚を見たりさわったりしながら話を聞く。


「多くの人が、魚について知っているようで、実は知らないことって多いんです。知られていないだけで、おいしいお魚ってけっこういるんですよ。これは的の模様があるからマトウダイ。これはベラの仲間でイラといいます。これはトウジンといって深海魚なんですが、お刺身にしてもおいしい。静岡では地魚としても認知されつつあります。さわりたいなあという人はぜひさわってみてください」



早武さんがそう話すと、子どもたちは魚の近くに集まり手を伸ばし、「ちょっとやわらかい」「海のにおいがする」「恐竜みたい」などと口々に感想を述べた。すると一人が「お魚の口の中に何か入ってる!」という。みんなでマトウダイの口の中を覗き込んでみると、マトウダイが餌として飲み込んだ小さなマイワシが数匹入っていた。鮮度に問題がなければ、このマイワシもちゃんと食べられるそう。子どもたちの素直で豊かな感性と、思いがけない発見に感心する大人たち。純粋な好奇心は考えるきっかけになり、こうした食物連鎖を目の当たりにすることは、体験として記憶にも残っていくはずだ。



トークのあとは、杉本料理長による自宅で実践できるブイヤベースの作り方のデモンストレーションが行われ、テーブル毎に設置されたタブレットで視聴しながら料理をいただく。ランチコースの料理は全9品で、メインは未利用魚を使ったブイヤベース。この一皿には、杉本料理長が考えるフランス料理のフィロソフィーが凝縮されていた。



セミナー後のインタビューで、詳しく話をうかがった。



「今回のブイヤベースは、傷がついて市場では扱ってもらえないスズキとハタを使った、持続可能な視点で構成した一品です。フランス料理のシェフとして、いつも私がよく申し上げるのは、 “フランス料理” と一言でまとめられるものは存在しないということです。たとえばブイヤベースは南フランスの料理ですし、北に行けば北の、大西洋側には大西洋側の料理が存在します。その地域に豊富にある食材で構成される料理の総称がフランス料理という位置付けであり、本来あるべき考え方だと私は思っています」



食材ひとつとってもそうだ。たとえば魚であれば、身はステーキやグリル、スチームなどで調理し、そこから出た頭や骨からは出汁をとるのが基本。その出汁を凝縮させ、クリームやバター、酒などと組み合わせてソースにし、身と一緒に一皿を構成する。ひとつの食材にフォーカスしながら、余すことなく一皿に表現するということや、地元でとれた食材を活かすというフランス料理の考え方そのものが、食品ロスや地産地消といったことにもつながっている。



杉本料理長にとって、サステナブルな考え方や道徳的な価値観が根付いたのは、13年間を過ごしたフランスでの経験も大きく影響している。ゆえに帰国後、さまざまな場面において日本とヨーロッパとのギャップを感じたという。


「ヨーロッパのマーケットでは、お野菜がずら〜っと並んでいるんですよね。決まったサイズや色や糖度で育てられたものではなくて、大小バラバラ、熟しているものから若いものまで、全部まとめて積んで売られている状態です」


要するに、消費者がちゃんと選ぶ権利を持っていて、一人ひとりの責任感のもとに野菜や果物を選んでいる。それに対して日本のスーパーでは、大きさも長さも太さもきれいに揃った商品が並んでいる。加えて、帰国後に違和感をおぼえたのは、過剰なプラスチックの包装だった。


「バゲットなんかだと、フランスでは手にふれるところしか包まないですから。それももちろんプラスチックではなく紙です。国によって衛生的な観点も違うので、乗り越えられないところはあるんですけど、それにしても日本はまだまだ過剰包装ですし、プラスチックが多いですよね」


食を通じて社会課題と向き合い、今のような取り組みを行うきっかけは何だったのだろうか。ひとつには、2020年に起こったパンデミックという出来事を目の前に、一度立ち止まって考えざるを得ない状況があったことは確かである。しかしながら、レストランでも厳しい経営状態が続いていたこともあり、ランチバイキングでは少しでも多くの利用客を出迎えるほうがビジネス的に有利であることは間違いないはずだ。それでもこうしたセミナーを続けていること、帝国ホテルとして取り組んでいることには大きな意義があると話す。



「こういった観点で料理と向き合っていると、“これ、杉本料理長だったら捨てないよね”といった感じで、調理場内にも考え方が浸透していくんですよ。“サステナブルソルト”を作ったときもそうだったんです。これは、調理過程で出た野菜や柑橘の皮をオーブンで焼き上げて、パウダー状にして塩と混ぜ合わせたオリジナルのフレーバーソルトなんですけど、そもそもなぜこういった商品を作るのか?ということを、まずは社内の人たちに理解してもらう。さらに、商品の売上の一部を海洋保全活動を行う団体に寄付できて初めて意味があるんだ、というところまでちゃんと伝える。そうやっていくと、少しずつでも確実に周囲が理解してくれるようになるんです。時間はかかりますけど、一歩を踏み出さなければ二歩目はいつまでたってもないわけなので。最初の一歩を踏み出すっていうことが大切ですね」(杉本東京料理長)



「良いものはそのまま追求し続けながらも、道徳的で持続可能な考え方にも目を向けていこうとする姿勢が、帝国ホテルさんならではであり、杉本料理長ならではと感じました。このコロナ禍という逆境をチャンスと捉えて、今できることに挑戦されているところにも心から共感しますし、その熱量に勇気をもらいます」(THINKS クリエイティブディレクター石井なお子)


帝国ホテルがテーマに掲げる、サステナブルとラグジュアリーの両立。時代が進むにつれて真価が問われたときに、こうしたホテルを必要とするお客様に選んでもらうことが、国際的ベストホテルを目指す自分たちの使命であると語る。



「これからは、多様な食の考え方や選択肢を持つことが求められる時代になっていくはずです。植物由来の原材料で調理するヴィーガン料理をはじめ、宗教やアニマルウェルフェアの考えなどにも配慮した食の表現も必要でしょう。我々のスローガンは、“おいしく社会を変える”。おいしいのは当たり前で、そこからどのようにして、食を通じて社会と関わりながら活動していくかが一番重要だと考えています。自分が持っているテクニックや表現力を駆使しながら新しいことに挑戦し、クリエイティブな食を追求していきたいと思っています」(杉本東京料理長)




Profile

杉本 雄

帝国ホテル第14代東京料理長


1999年に料理人としてのキャリアを帝国ホテルでスタートした後、2004年に退社し渡仏。帰国までの13年間をフランス、ヨーロッパで過ごす。〈ホテル・ル・ムーリス〉では、ヤニック・アレノ、アラン・デュカスなどの世界的な料理人のもとでシェフを務める。帰国後、2017年に帝国ホテル再入社。2019年、帝国ホテル第14代東京料理長就任。帝国ホテルのブフェレストラン インペリアルバイキング サールでは、“おいしく社会を変える”をテーマとした「杉本東京料理長と学ぶセミナー&ランチコース」を2020年より年2回のペースで開催するほか、食品ロス削減の観点から生まれたフレーバーソルト「サステナブルソルト」などのアップサイクル商品の考案・監修も行う。帝国ホテル公式YouTubeチャンネルでは、自宅でも作れる本格的なフランス料理を紹介する動画なども配信中。




Photo_Yoko Tagawa

Text_Haruka Inoue

Direction : Naoko Ishii


Comments


Recent Posts
Archive
bottom of page